大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(行ケ)146号 判決 1998年7月01日

高知市大津乙3199番地3

原告

小松艮一

訴訟代理人弁理士

富田光風

高知市中秦泉寺187番地

被告

森本伶夫

主文

特許庁が、平成5年審判第17691号事件について、平成9年4月16日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた判決

主文と同旨

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「汚水等の浄化剤」とする特許第1525888号発明(昭和58年7月25日出願、平成元年2月6日出願公告、平成元年10月30日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成5年9月1日、本件発明につき、その特許を無効とする旨の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第17691号事件として審理したうえ、平成9年4月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月26日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

多数の大小様々なる細孔を有する多孔質の火山礫を母体とし、火山噴出物を原料とする黒音地、火山灰及び活性炭を、前記の火山礫母体に有効成分として結着剤にて一体に混合結着して塊状としたことを特徴とする汚水等の浄化剤。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、

(1)  本件発明は、その出願日前の出願であってその出願後に出願公開された実願昭58-114949号(実開昭60-24391号)のマイクロフィルム(審決甲第2号証、本訴甲第3号証、以下、図面も含めて「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)と同一であり、しかも、両者における発明者、出願人はいずれも同一でないので、本件発明は、特許法(昭和62年法律27号による改正前のもの、以下同じ。)29条の2の規定により特許を受けることができず、同法123条1項1号の規定によりその特許は無効にされるべきであるとする請求人(本訴原告)主張の無効理由(以下「無効理由1」という。)について、本件発明と引用発明1とは同一とすることができないものであるから、本件発明は、同法29条の2の規定に該当しないとし、

(2)  本件発明は、請求人が本件発明と同一の浄化剤を含む汚水浄化装置の考案を完成後、昭和58年4月6日の工事(以下「本件工事」という。)において使用した当該浄化剤の発明(以下「引用発明2」という。審決甲第4号証の1及び4、本訴甲第8、第9号証参照)から、被請求人(本訴被告)が冒認したものであって、被請求人は本件発明の真正な発明者でないから、特許法123条1項4号の規定によりその特許は無効にされるべきであるとする請求人主張の無効理由(以下「無効理由2」という。)について、本件発明と被請求人に冒認されたとする引用発明2とが同一のものとはいえないから、本件特許は、特許法123条1項4号の規定に該当しないとし、

結局、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効にすることはできないとしたものである。

4  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件発明の要旨の認定、請求人(本訴原告)主張の無効理由1及び2の認定、先願明細書の記載事項の認定は、いずれも認める。

審決は、被告による本件発明の出願が、特許を受ける権利を発明者から適法に承継した者による特許出願ではないにもかかわらず、被告により冒認された引用発明2を誤認した(取消事由)結果、本件発明が登録を受けることができるとしたものであるから、違法として取り消されなければならない。

(1)  原告は、昭和58年4月ころに、本件発明と同一の浄化剤を含む汚水浄化装置の考案を完成し、この汚水浄化装置を自宅に試験的に設置するため、昭和58年4月6日、本件発明と同一の浄化剤(引用発明2)を使用した本件工事を行い、同年7月22日、汚水浄化装置の考案(引用発明1)について実用新案登録出願をした(実願昭58-114949号、実開昭60-24391号)。

被告は、本件工事に、臨時従業員として従事しており、そこから冒認した本件発明について、自分自身を発明者として特許出願をしたものである。

(2)  これに対し、審決は、原告が、審判手続において、引用発明1と引用発明2とが同一である旨の回答書(甲第7号証、以下「本件回答書」という。)を提出したことと、本件発明と引用発明1とが組成上同一でないと認定できること(審決書9頁17行~13頁5行)を根拠として、本件発明と引用発明2とを組成上同一とすることはできない(審決書15頁11~20行)と判断した。

しかしながら、原告は、本件回答書において、引用発明1が本件発明と同一であることを前提として、引用発明1と引用発明2とが同一である旨を回答したものであり、審決が認定するように、引用発明1と本件発明とを組成上同一とすることができないのであれば、引用発明1と引用発明2とが同一となるものではない。したがって、審決の上記認定は、誤りである。

(3)  さらに、審決は、引用発明1と引用発明2とを同一のものとみることができない場合についても、仮定的に、「当時臨時従業員であった被請求人が従事しそこから冒認したとする工事に実際に用いられた浄化剤には『発泡剤』を混入したものが用いられており、この点において本件特許発明のものと異なったものであることは明らかであるから、本件特許発明と被請求人に冒認されたとする浄化剤は両者を同一とすることはできない。」(審決書17頁14行~18頁1行)と判断している。

しかし、冒認されたとする実際の浄化剤(引用発明2)では、多孔質にするために発泡剤を加えることが必須となるものではない。すなわち、上記浄化剤では、大きな塊状火山礫を用いているので、火山礫と火山礫との間に隙間ができ、発泡剤を加えなくとも多孔質が生成するが、製造時に加える水が多すぎると、黒音地土等の他の混合材料の流動性が高くなり、前記隙間が目詰まりし、多孔質になりにくい。このような場合でも、水分を少なくして固練りすれば、前記隙間が目詰まりしにくくなり、発泡剤を加えなくとも多孔質になる。原告が、本件回答書において、「(但し、発泡剤は製造条件によっては省略することが可能である)」としたのは、このようなことを意味するものであり、発砲剤を上記浄化剤の原料に用いることは必須ではない。

したがって、本件発明と引用発明2とは、多孔質とするための発泡剤を用いるか否かで相違する旨の上記審決の判断は、誤りであり、本件発明と冒認された引用発明2とは、同一のものといえる。

第3  当裁判所の判断

1  被告は、適法な呼出しを受けながら、本件口頭弁論期日及び準備手続期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

したがって、被告は、前示原告の主張1ないし3の各事実と、本件発明の特許出願が、本件工事において使用された浄化剤である引用発明2から被告が冒認したものであって、特許を受ける権利を発明者から適法に承継したものでもないから、冒認出願として無効であるとする原告主張の審決取消事由とを、いずれも明らかに争わないものとして、これらを自白したものとみなす(本件発明についての特許公報には、実施例及び実施の結果の浄化効果が記載されている(甲第2号証)が、後記する引用発明2に関する工事内容及びその結果と対比すると、本件発明の実施例は、水で練る際に発泡剤を加えるかどうか、成形の際の厚さ、硬化させた後に割って作る浄化剤塊状物の大きさに若干の差異があるものの、引用発明2とほぼ同じであり、実質的には引用発明2と同一とみられること、高知県浄化槽検査センターの浄化効果についての試験成績も、引用発明2に関するものを冒用したものと認められること、被告が引用発明2を使用した本件工事に臨時作業員として従事したことを総合すると、客観的にも、冒認が推測されるところ、これを覆すに足りる証拠はない。)。

これによれば、冒認出願であるとの原告の主張を採用しなかった審決は誤りであり、取消しを免れない。

2  なお、審決は、本件発明と冒認されたとする引用発明2とが組成上同一でないことを根拠に冒認との主張を採用しなかったので、この点を更に検討しておくこととする。

(1)  審決は、本件発明と引用発明2とが組成上同一でないことの理由の1つとして、「請求人からは、前記先願明細書及び図面記載の浄化剤(「引用発明1」)と被請求人に冒認されたとする浄化剤(「引用発明2」)は、前者は機能面に着目して『多孔質接触材』と称し、後者は構成原料に着目して『火山灰礫砂多孔質濾材』と称してはいるが、両者は全く同一のものである旨の回答書が提出された。してみると、前記先願明細書及び図面記載の浄化剤(「引用発明1」)と被請求人に冒認されたとする浄化剤(「引用発明2」)が全く同一であり、しかも、前記・・・で述べたとおり、本件特許発明における浄化剤は先願明細書及び図面記載の浄化剤(「引用発明1」)と同一ではないので、本件特許発明における浄化剤は被請求人に冒認されたとする浄化剤(「引用発明2」)とも同一と言えるものではないことは明白である。」(審決書15頁3~20行)と認定する。

しかし、本件回答書(甲第7号証)によれば、原告は、本件審判手続において、引用発明1及び引用発明2が、いずれも「火山灰及び黒音地土」を構成原料としていることを前提として、両発明が同一であると回答したものと認められ、審決が認定する(審決書10頁17行~11頁4行)ように、引用発明1が「火山灰又は黒音地土」を構成原料としているのであれば、この引用発明1と、「火山灰及び黒音地土」を構成原料とする引用発明2とを同一と認めるものでないことは明らかである。

したがって、原告が、本件回答書において、引用発明1と引用発明2とが同一であると回答したことを根拠に、本件発明と引用発明2とが組成上同一でないとすることは、誤りといわなければならない。

(2)  また、審決は、「被請求人が臨時従業員として工事に従事しそこから冒認したとするその工事で実際に用いられた浄化剤については、請求人は前記回答書において、原料として『発泡剤』が一緒に混入されていたことを事実として認めている。その際、請求人は、回答書の中で『発泡剤』に『(但し、発泡剤は製造条件によっては省略することが可能である)』と添書しているが、この添書がいかなる意味をもつとするものなのか定かではないが、少なくとも、先の工事で実際に用いられた浄化剤は、『発泡剤』が混入したものが用いられていたものであることは請求人自身が認めているところである。してみれば、当時臨時従業員であった被請求人が従事しそこから冒認したとする工事に実際に用いられた浄化剤には『発泡剤』を混入したものが用いられており、この点において本件特許発明のものと異なったものであること明らかであるから、本件特許発明と被請求人に冒認されたとする浄化剤は両者を同一とすることはできない。」(審決書17頁1行~18頁1行)と判断している。

ところで、本件発明についての特許公報(甲第2号証)には、「従来水処理剤として天然素材を有効成分とする実例はなく、火山噴出物を原料とする黒音地がすぐれた吸着性能、脱臭性能、凝集性能を有することに着目しこれを利用するべく検討した結果、本発明に達したのである。」(同号証1頁1欄17~21行)、「本発明は火山礫、黒音地、火山灰、活性炭を結着剤で一体に混合結着して塊状としたものであり、土質状の黒音地及び火山灰や活性炭の粉粒体をそのままでは有効に使用することができなかつたものを火山礫を母体としてその多孔質性を利用してきわめて効率的に汚水処理ができる様にしたものであり、すぐれた吸着性能、脱臭性能、脱色性能、凝集性能を充分に発揮して汚水等の浄化に画期的な効果をもたらす」(同2頁4欄35~43行)と記載されている。

これらの記載及び前示本件発明の要旨によれば、本件発明の浄化剤は、火山噴出物である火山礫、火山灰、黒音地及び活性炭をその原料とするところ、従来、土質状の黒音地並びに火山灰及び活性炭の粉粒体が、そのままの状態では有効に使用することができなかったものを、結着剤で一体に混合結着して塊状とし、火山礫を母体としてその多孔質性を利用することにより、吸着性能、脱臭性能、脱色性能、凝集性能を有効に発揮させて、効率的に汚水処理ができるようにしたものと認められる。

これに対し、引用発明2について、本件工事に従事した中村脩作成の「浄化装置設置証明書」(甲第8号証)には、「火山灰礫砂多孔質濾材を使用した試験浄化装置の設置工事を行い、かつその火山灰礫砂多孔質濾材として火山灰礫砂(シラス)・黒音地土及び活性炭を混ぜ合わせセメントにて多孔質に固め、しかる後塊状に破砕して製造したものを使用しました。なお、臨時従業員であった森本伶夫氏は上記火山灰礫砂多孔質濾材の製造時に、・・・人夫としてその作業を手伝い、かつ我々従業員と一緒にその製造作業に従事しました。」(同号証11~17行)と記載され、上記中村作成の「浄化装置設置証明書(その2)」(甲第9号証)には、「濾材の原料は、『火山灰と火山砂と火山礫とが天然に混じり合った、いわゆるシラスと呼ばれているもの』と『黒音地土』と『活性炭』と『セメント凝固剤(以下セメントという)』と『発泡剤』とである。但し、発泡剤は製造条件によっては省略することが可能である。」(同号証1頁6~9行)、「濾材の製造に当たり、原料の混合比は種々変えてみたが、最終的には容量比でセメントを1とすれば概ね次の通りである。・・・

原料の混合比

3~10mm目のシラス・・2 (100)

3mm目以下のシラス・・・1 (50)

黒音地土 ・・・0.5(25)

活性炭 ・・・0.5(25)

セメント ・・・1 (50)

発泡剤 ・・・少々 (-)」

(同1頁23行~2頁7行)、「なお、製造時に水分を少なくし、3~10mm目のシラスの量を多くすれば、発泡剤を加えなくても岩おこし状(多孔質)になることが判ったが、ミキサーが過負過気味になるので、これによらず前述の要領で行った。」(同2頁19~22行)と記載されている。

これらの記載によれば、被告もその製造作業に従事した本件工事において使用された浄化剤である引用発明2は、火山灰、火山砂、火山礫などの火山噴出物と黒音地及び活性炭を結着剤にて一体に混合結着して塊状とした火山灰礫砂(シラス)多孔質濾材であると認められ、製造時に水分を少なくしシラスの量を多くすれば、発泡剤を加えなくとも多孔質になるため、発泡剤は、製造条件によっては省略することが可能な原料成分であると認められる。

そうすると、引用発明2において、発泡剤を必須の成分ということはできず、同発明と本件発明とは、いずれも火山噴出物である火山礫、火山灰、黒音地及び活性炭をその原料とし、これらを結着剤で一体に混合結着して塊状とした多孔質濾材と認められるから、両者はその組成において同一というべきであり、これに反する審決の上記判断は、誤りといわなければならない。

以上のとおり、審決は、本件発明と引用発明2との同一性の判断を誤ったものであり、この誤りが審決の結論に重大な影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点について検討するまでもなく、この点からも、審決は取消しを免れない。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成5年審判第17691号

審決

高知市大津乙3199番地3

請求人 小松艮一

高知市一宮1129番地1

請求人 潮設備工業有限会社

徳島県徳島市西新町2丁目5 徳島経済センター4F 富田特許事務所

代理人弁理士 富田光風

高知市中秦泉寺187番地

被請求人 森本伶夫

東京都千代田区麹町4-1 西脇ビル6階604号室

代理人弁理士 竹内裕

上記当事者間の特許第1525888号発明「汚水等の浄化剤」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ、手続の経緯・本件特許発明の要旨

本件特許第1525888号は、昭和58年7月25日に出願、平成元年2月6日に出願公告(特公昭64-6838号)され、平成元年10月30日にその設定登録がなされたものである。

本件特許に係る発明(以下、「本件特許発明」という)の要旨は、公告された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「多数の大小様々なる細孔を有する多孔質の火山礫を母体とし、火山噴出物を原料とする黒音地、火山灰及び活性炭を、前記の火山礫母体に有効成分として結着剤にて一体に混合結着して塊状としたことを特徴とする汚水等の浄化剤」

Ⅱ、請求人の主張

1、特許法第29条の2

請求人小松良一及び潮設備工業有限会社は、下記の甲第1乃至3号証及び参考資料1乃至5をもって、概ね、以下のとおり主張する。

本件特許発明は、その出願日前の出願であってその出願後に出願公開された甲第2号証の先願明細書及び図面に記載された浄化剤と同一であり、しかも、両者における発明者、出願人はいずれも同一ではないので、本件特許は、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができず、同法第123条第1項第1号の規定によりその特許は無効にされるべきものである。

2、特許法第123条第1項第4号(冒認)

請求人は、下記の甲第1乃至10号証及び甲第4号証の1乃至6の「浄化装置設置証明書」の作成者3名を証人とした証人尋問申請をもって、概ね、以下のとおり主張する。

本件請求人は、本件特許発明の出願前である昭和57年4月頃に既に本件特許発明と同一の浄化剤を含む汚水浄化装置の考案を完成し、その後、昭和58年4月6日にこの汚水浄化装置を請求人自身の自宅に試験的に設置するための工事を行ない、その考案は昭和58年7月22日に実願昭58-114949号(上記甲第2号証に同じ)として実用新案登録出願したものである。

そして、その工事を行なうにあたっては、請求人が代表取締役社長を務める「潮設備工業有限会社」の従業員(当時)3名に加えて、当時、臨時従業員であった本件特許発明の発明者とされている被請求人もそこに従事しており、被請求人は、その後の昭和58年7月25日に自分自身を発明者として本件特許発明に係る出願をしたものである。

また、さらに、本件特許発明に係る明細書中に示された高知県浄化槽検査センターによる原水と処理水に関する各種試験結果分析データは、いずれも、請求人の考案に係る上記甲第2号証記載のものと全く同じ値が用いられているものである。

このような状況からみて、本件特許発明は、被請求人が先の工事に従事しそこから冒認したものであって、被請求人は本件特許の真正な発明者でないこと明らかであるから、特許法第123条第1項第4号(昭和57年法)の規定によりその特許は無効にされるべきものである。

(記)

甲第1号証:「特公昭64-6838号公報」(本件特許公報)

甲第2号証:「実願昭58-114949号(昭和58年7月22日出願の先願)のマイクロフイルム」

甲第3号証:「実公昭63-44158号公報」(上記先願の公告公報)

甲第4号証の1乃至6:潮設備工業有限会社元従業員(3名)作成「浄化装置設置証明書」

甲第5号証の1:「試験浄化装置の平面配置図」

甲第5号証の2:「試験浄化装置の外面と内部の部分を示す写真」

甲第5号証の3:「濾材製造時に使用したミキサーと濾材の写真」

甲第6号証:「本件特許の出願当初の明細書第1頁写」

甲第7号証の1:財団法人高知県環境検査センター発行「証明書」

甲第7号証の2:高知県衛生研究所発行「試験成績書」

甲第8号証:潮設備工業有限会社発行「人夫賃の領収書写」

甲第9号証:森本伶夫発行「河川・湖沼の汚水汚濁の浄化処理の概要」

甲第10号証:本件「特許第1525888号の登録原簿写」

参考資料1:三井進午監修「最新土壌・肥料・植物栄養事典(増補版)」第60~61頁(昭和53年博友社発行)

参考資料2:斉藤靖二著「石の見分け方」第77~78頁(昭和48年加島書店発行)

参考資料3:土壌物理研究会編「土壌物理用語事典」第16頁(昭和49年養賢堂発行)

参考資料4:請求人の利害関係を明らかにするための「経歴書」

参考資料5:特許法条文抜粋「第8条」

Ⅲ、被請求人の主張

1、特許法第29条の2について

本件特許発明の浄化剤と甲第2号証の先願明細書及び図面記載の浄化剤とは、浄化剤の構成が相違し両者を同一とすることはできないものであるから、本件特許発明は特許法第29条の2に該当しない。

2、特許法第123条第1項第4号(冒認)について

本件特許発明の浄化剤と甲第2号証の先願明細書及び図面記載の浄化剤とが同一といえない以上本件特許は冒認にあたらず、本件特許は特許法第123条第1項第4号の規定により無効にされるべきものではない。

Ⅳ、当審における認定・判断

1、特許法第29条の2について

甲第2号証の先願明細書及び図面をみると、そこには、「火山灰砂又は黒音地に活性炭を加え発泡剤、セメント及び凝固剤で固めた所定形状の団塊からなる汚水用浄化剤」(先願明細書第1頁「請求項2」及び同第4頁第2~6行)が記載されている。

なお、ここでは「火山灰砂」なる表現が用いられているが、一般に、火山噴出物は粒径の大きいものから順に、「火山礫」、「火山砂」、「火山灰」とされており、また、「火山灰」といわれるものが粒径4mm以下、「火山礫」といわれるものが粒径4~32mmであることが知られている(参考資料1乃至2)故、ここでの「火山灰砂」は、「火山灰」及び「火山礫」から成るものと実質的に同じものと解される。

そこで本件特許発明の浄化剤と先願明細書及び図面記載の浄化剤についてその構成を対比すると、

前者における浄化剤は、

『<1>火山灰、<2>火山礫、<3>黒音地、<4>活性炭及び<5>結着剤にて塊状とした浄化剤』であるが、後者における浄化剤は、先のとおり

『「<1>火山灰及び<2>火山礫」又は「<3>黒音地」に、<4>活性炭を加え、<5>結着剤(セメント及び凝固剤)及び<6>発泡剤にて塊状とした浄化剤』と記載されているものであり、両者は、浄化剤の構成が以下の点において記載上相違する。

(1)火山噴出物としての組成が、前者は『<1>火山灰、<2>火山礫及び<3>黒音地』であるのに対し、後者は『「<1>火山灰及び<2>火山礫」又は「<3>黒音地」』である。

(2)浄化剤を塊状とするにあたり、前者は<5>結着剤を用いるのに対し、後者は<5>結着剤に加えて『<6>発泡剤』を併用するものとしている。

そこでこれら記載上の相違点について検討する。

《記載上の相違点(1)について》

請求人は、弁駁書中で、一般に日本語における「又は」は「及び/又は」の意味で用いられるものであるとして、特許法第8条「日本国内に住所又は居所を有しない者は・・・訴えを提起することができない」(参考資料5)を挙げ、そこでの「又は」は「及び」と解されるべきものであるから、甲第2号証の先願明細書に記載された「又は」についても「及び」を含んだ意味と解すべきである旨主張する。

しかしながら、請求人がその根拠として挙げた特許法第8条の規定は、「又は」が否定形(「・・・ない」)の中で用いられているものであって、その限りにおいて、この規定における「又は」の用い方は「及び」と同義であることに疑いはない。

しかしながら、甲第2号証の先願明細書及び図面における浄化剤を特定する表現にあっては、このような否定形の中で用いられている「又は」ではない。

しかも、この表現が用いられている同じ文章内においては、「及び」と「又は」が使い分けされて用いられているものであるし、また、甲第2号証の先願明細書中の詳細な説明を参酌しても請求人が主張するような「及び」の場合に相当する組み合わせを示唆する記載がみられるものでもないのであるから、ここでの「又は」を「及び」の意味と解すべきであるとする請求人の主張には理由がない。

よって、本件特許発明の浄化剤と先願明細書及び図面記載の浄化剤の組成は、単に記載上の差異にとどまらず実質的な構成上の差異を有するものとみるのが相当であり、両者を組成上同一とすることはできない。

《記載上の相違点(2)について》

請求人は、甲第2号証の先願明細書及び図面記載の浄化剤は「発泡剤」をその構成要件としてはいるが、これは必須のものではないから、本件特許発明と上記先願明細書及び図面記載の浄化剤は構成上の差異を有するものではない旨主張する。

しかしながら、先願明細書にあっては、浄化剤(「接触材」)として多孔質のものを形成することが前提として記載されており、そのためにこの「発泡剤」を用いているものであることはその記載内容から明らかである。

それ故、「発泡剤」の混入は必須ではないとする請求人の主張は、該明細書の記載内容に基ずかない主張であり当を得ないものである。

一方、本件特許発明においては、その特許請求の範囲に記載されているとおり「多数の大小様々なる細孔を有する多孔質の火山礫を母体」とすることを必須の要件としており、そのため、多孔質の浄化剤を形成するに「発泡剤」を加えることは必須の要件とならないものであることは本件特許明細書の記載内容からみて明らかである。

それ故、本件特許発明と先願明細書及び図面記載の浄化剤は、それを多孔質とするために「発泡剤」を併せ用いるか否かで相違するものであり、これにより両者を同一とすることはできない。

したがって、本件特許発明の浄化剤と先願明細書及び図面記載の浄化剤はその組成乃至構成において同一と言えるものではなく、本件特許発明は特許法第29条の2の規定により特許を受けることができず同法第123条第1項第1号の規定によりその特許は無効にされるべきものであるとする請求人の主張はこれを採用することはできない。

2、特許法第123条第1項第4号(冒認)について

請求人は、弁駁書中で、前記先願明細書及び図面記載の浄化剤(「引用発明1」)と、被請求人により冒認されたとする浄化剤(「引用発明2」)は別の浄化剤であるとして、本件特許発明の浄化剤との比較対象を、後者の「引用発明2」なる浄化剤としていたものであるが、その「引用発明2」なる浄化剤がその構成上いかなるものか、また、「引用発明1」といずれの点が異なるものかなど本件審判請求書をみても明らかでないので、その後、当審より請求人に対し平成8年10月18日付審尋書を送付し、概ね、以下の点について尋問した。

「1、被請求人に冒認されたとする浄化剤(「引用発明2」)がいかなる組成乃至構成のものかその特定が不十分である。

それを特定するにあたっては、単に、甲第4号証の1乃至3に記載された潮設備工業有限会社社員3名による証明内容によるものではなく、現に、昭和58年4月6日に工事を行ったとしている浄化剤が、いかなる組成乃至構成のものであったか、最大もらさず具体的に明らかにする必要があるし、また、その製造法についても詳細に明らかにする必要がある。

2、被請求人に冒認されたとする浄化剤(「引用発明2」)は、先願明細書及び図面記載の浄化剤(「引用発明1」)と構成上の相違があるものか否か不明確である。

改良があったものならば、誰により、いつ、その改良が行なわれ、その改良された点は何か明らかにすべきである。

3、潮設備工業有限会社社員3名による証明としての甲第4号証の1乃至3の記載内容が、被請求人に冒認されたとする浄化剤の組成乃至構成を具体的に明らかにしていない。」

これに対し、請求人からは、前記先願明細書及び図面記載の浄化剤(「引用発明1」)と被請求人に冒認されたとする浄化剤(「引用発明2」)は、前者は機能面に着目して「多孔質接触材」と称し、後者は構成原料に着目して「火山灰礫砂多孔質濾材」と称してはいるが、両者は全く同一のものである旨の回答書が提出された。

してみると、前記先願明細書及び図面記載の浄化剤(「引用発明1」)と被請求人に冒認されたとする浄化剤(「引用発明2」)が全く同一であり、しかも、前記「Ⅳ、1、特許法第29条の2について」の項で述べたとおり、本件特許発明における浄化剤は先願明細書及び図面記載の浄化剤(「引用発明1」)と同一ではないので、本件特許発明における浄化剤は被請求人に冒認されたとする浄化剤(「引用発明2」)とも同一と言えるものでないことは明白である。

なお、請求人は、被請求人に冒認されたとする浄化剤の火山噴出物としての組成を、それまで「火山灰礫砂(シラス)・黒音地土及び・・・」(審判請求書第10頁第4~7行及び甲第4号証の1乃至3)とし、そこでの「・」の意味が「又は」なのか或いは別の意味を有するものなのか不明確であったものを、この回答書において『<1>火山灰、<2>火山礫及び<3>黒音地』から成るものである旨特定しなおし、併せて、潮設備工業有限会社元従業員3名による「浄化装置設置証明書」(甲第4号証の1乃至3)についてもそれと同じ内容に替えた甲第4号証の4乃至6を提出している。

そうであるとすれば、この点において、被請求人に冒認されたとする浄化剤と先願明細書及び図面記載の浄化剤を全く同一のものとみることはできないが、その場合においても、以下の理由により、本件特許発明における浄化剤と被請求人に冒認されたとする浄化剤を同一のものとすることはできない。

即ち、被請求人が臨時従業員として工事に従事しそこから冒認したとするその工事で実際に用いられた浄化剤については、請求人は前記回答書においで、原料として「発泡剤」が一緒に混入されていたことを事実として認めている。

その際、請求人は、回答書の中で、「発泡剤」に「(但し、発泡剤は製造条件によっては省略することが可能である)」と添書しているが、この添書がいかなる意味をもつとするものなのか定かではないが、少なくとも、先の工事で実際に用いられた浄化剤は、「発泡剤」を混入したものが用いられていたものであることは請求人自身が認めているところである。

してみれば、当時臨時従業員であった被請求人が従事しそこから冒認したとする工事に実際に用いられた浄化剤には「発泡剤」を混入したものが用いられており、この点において本件特許発明のものと異なったものであること明らかであるから、本件特許発明と被請求人に冒認されたとする浄化剤は両者を同一とすることはできない。

したがって、本件特許発明と被請求人に冒認されたとする工事に実際に用いられた浄化剤が同一のものと言えない以上、請求人から申請のある証人尋問ならびに提出のあった他の証拠方法をさらに検討するまでもなく、本件特許は特許法第123条第1項第4号(冒認)の規定により無効にされるべきであるとする請求人の主張はこれを採用することができない。

Ⅴ、むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

よって結論のとおり審決する。

平成9年4月16日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例